九条院アリスは、金髪碧眼、白い肌の少女である。
小柄な身体、吊り目がちの瞳、長い髪を赤いリボンで九つに分けている。
金色の九尾(。黒いゴシックロリータを好んで纏う、十四歳。
傲岸不遜、傍若無人、嗜虐趣味、天上天下唯我独尊――等々(。
独特な価値観のもと、理想の令嬢を目指す、麗しきお嬢様なのだった。
そんな彼女には『とある秘密』があるのだが、今回、それはまったく関係のない話である。
六月のことだ。特筆すべきこともない、ありふれた休み時間のひととき。
制服姿のアリスは、教室で友人と歓談していた。
机を挟んで対面に座っているのは、宮田怜奈(。とても背の高い、セミロングヘアの少女だ。
いつも半分目を閉じていて、眠そうな顔をしている。
有名な玩具メーカーの令嬢である怜奈は、校内でも有数の変人だ。その家柄ばかりでなく、強
烈な個性という点においてもアリスに引けを取らない、希有なお嬢様であった。
そんな二人の令嬢が、どのような会話に興じているのかというと――
「? 怜奈さん。もう一度言ってください」
机に頬杖をついているアリスが、不遜な口調で怜奈に話しかける。
すると抑揚のない声で返答がきた。
「ん、聞こえなかったのか? 可憐なるわたしの魅力を、男子に余すところなく伝える方法につい
て、だ」
「いまひとつ分からないんですが、その可憐なるなんとやらとは、いったい誰のことですか?」
「だから、わたし」
怜奈は発育のいい胸を張り、自信たっぷりに自分の顔を指差した。
自画自賛するだけあって怜奈はかなり綺麗な顔立ちをしているのだが、もの凄く背が高く、いつ
も凜と姿勢を正しているので、可憐なるというよりは、堂々たるという感じである。
少なくとも『可憐』という言葉の印象からは、ずいぶんとかけ離れていると思う。
怜奈は、無表情で言った。
「言い換えよう。わたしは、自分の可愛らしいところが男子にどうすれば伝わるものかと悩んでい
る。何か意見はあるか、九条院さん」
「貴女の中に存在しない概念を伝えることは不可能です」
アリスは怜奈の質問に、ノータイムで回答した。
「ひどい勘違いだ。君はわたしに、あやまったイメージを持っているようだな」
「ひどい勘違いです。貴女は自分自身に、あやまったイメージを持っているようですね。可愛らし
いだとか、可憐だとかいった形容詞は、この私にこそ相応しいものなんですよ。貴女のような巨人
族には、雄々しいとか、強大とか、そういうのがお似合いです」
さらり――輝くような金髪をかき上げるアリス。
傲慢さと気品を兼ね備えた、まさしく姫君のごとき振る舞いであった。
毒を吐きかけられた怜奈は、しかしまったく動じない。
「雄々しい? 強大? なめるな。わたしはまだ、あと二回変身を残している」
「微妙に本当かもしれないことを言わないでください」
言われてみれば確かに、怜奈は、すでに一度変身を経たかのような形態をしている。
宮田怜奈・第二形態が言った。
「わたしの強さを表わすのなら、もうワンランク上の形容詞を使ってくれ。たとえば可憐とか」
「怜奈さんの日本語って、いつも頭がおかしいですよね」
「そういう九条院さんの突っ込みは、いつも毒々しいな」
錯綜しつつある会話の流れを修正すべく、アリスが口を開いた。
「話を戻しますけれど。ようは男の子を魅了するためにはどうすればいいか、ということでしょ
う?」
「そういうことだ」
「そういうことなら、この私を参考にするといいですよ」
アリスは「ふふんっ」と、尊大に笑った。
「ええ、もちろん私の性格と外見の美しさは、とうてい貴女に真似できるものではありませんけれ
ど。立ち居振る舞いを模倣するだけでも、少しはましになるんじゃないですか?」
「――はは。まったく君は、本当にいい性格をしているな。だが分かった、やってみよう」
怜奈は偉そうに腕を組み、アリスを見下すようにした。
「たとえば、こういう感じだろうか」
さらに怜奈は軽く頬を膨らませ、ぷいっと視線をそらす。
無感情な声を、がらりと猫なで声へと変えて、
「バ、バカっ。貴方なんか、別に好きじゃないんですからねっ……」
「それが私の真似だとかほざいたら、殺しますからね?」
「……我ながらそっくりだったと思うのだが、その様子だと気に入らなかったようだな。まあいい、
やはり人真似では上手くいかないということだろう。それより――ちょっと思いついたことがあるか
ら見てくれ」
怜奈は祈るように両手を組み、前屈みになり、上目遣いでこちらを見上げながら、クネクネとし
なを作った。

アリスはそれを、氷点下の視線で眇め見た。
「なんのつもりですか、それは?」
「あざといポーズ。どうだ、ぐっときたか?」
「嫌悪感をあおるポーズの間違いじゃないですか? 首をしめたくなってきたんですけれど」
「……おかしいな。やはり男にしか通用しないということか」
「そう思うのなら、試してみればいいじゃないですか。――誠人くん、ちょっと来てください」
「あん、どうした?」
アリスが声をかけると、背の低い少年がやってきた。目付きの鋭い彼の名は、桐山誠人(。
乱暴な口調と不良めいた外見に反し、皆の信頼厚いクラス委員長だ。
ちなみに怜奈が『可憐なるわたしの魅力』とやらを伝えたい相手というのが、他でもない彼、誠
人であった。
「怜奈さん、さっきのポーズをどうぞ」
「了解した」
アリスに促され、怜奈は先程と同じ『あざといポーズ』を誠人に見せた。
加えて例の台詞。
「バ、バカっ。貴方なんか、別に好きじゃないんですからねっ……」
「あー……なんの真似だ、それは? 時間の問題だとは思っちゃいたが、ついに狂ったのか?」
怜奈の奇行を目撃した誠人は、怪訝な顔をした。
アリスが解説する。
「男の子に自らの魅力を伝えるポーズだそうです。怜奈さんにこんなふうに誘惑されたら、誠人く
んはどうしますか?」
「すかさず全力パンチだな」
力強い答えが返ってきた。アリスは、『あざといポーズ』のまま固まっている怜奈に向き直る。
「残念でしたね、怜奈さん。誠人くんの意見は『滅殺しますよ、この下等生物が』だそうです」
「や、そこまでは言ってねえけどな。ていうか、明らかにそれは九条院の意見だろ」
と、誠人。
「やれやれ、分かってないな」
硬直から立ち直った怜奈は、アリスに向かって肩をすくめ、首を横に振った。
「この誠人の態度は、いま流行の――本当はスキなのに、表面上はキライな態度を取ったりする
というアレなんだよ。この間、女性週刊誌にも載っていた。ツンツンしているときと、デレデレして
いるときがあって、そのギャップがたまらないのだと」
「いかがわしいトピックにはすごく詳しいですよね、怜奈さんは」
「ふっふっふ、すごいだろう。いかがわしいことは、何でもわたしに聞け」
嫌味を言ったのに誇らしげにされたときは、どうすればいいのだろう。
アリスが迷っていると、今度は誠人が怜奈に文句を言った。
「おい怜奈、いい加減なこと言ってんじゃねえぞ。俺が、いつてめえにデレデレしたよ?」
「少し待て、いま思い出すから」
誠人の抗議を受けて、怜奈がしばし考え込む。彼女は、おもむろに口を開いた。
「言われてみれば、誠人はわたしに対してデレが皆無だな。照れ屋にもほどがあるのでは?」
「照れてねえよバカ野郎。どうしておまえの発言はいつもいつも、そう足元がお留守なんだ? も
うちっと考えて喋れ」
「怜奈さん、ちょっとした好奇心から聞きますけれど、デレが皆無って――それ、嫌われているの
とどう違うんですか?」
二人の会話に、アリスが突っ込みを入れた。怜奈はきょとんと首をかしげて、
「……気の持ちよう?」
「最悪のポジティブシンキングですね貴女」
「いや、いや、そんなことはない。心配はありがたいがな、九条院さん。誠人がわたしを嫌ってい
るなどという事態は、絶対にありえないんだ」
「あら、すごい自信ですね。その根拠は?」
「何故ならわたしは、誠人にパンツの中身まで見られたことがある」
「……は?」
あまりにも予想を超えた発言に、アリスの思考が停止する。
次いで、顔面を蒼白にした誠人が、怜奈に向かって口を開いた。
「怜奈。その話題は二度と口にするなと言ったはずだ」
「二人だけの秘密だからか?」
「愉快な解釈だなオイ!? トラウマだからだって、何度言わせるんだてめえ!」
「誠人はトラウマがいっぱいだな」
「お陰様でな! 嬉しそうに言うんじゃねえよ!」
怜奈は、ふぅ、と物憂げにため息をついた。
「相変わらず短気なやつだ。誠人、君がなにを怒っているのかよく分からないが――わたしとして
はだな、君のためならば自分の態度を改善するのにやぶさかではないぞ。要求があるのなら、な
んでも言ってみるといい、さあ」
「そうだな、とにかくまずは、自分のターンがくるたびにパルプンテを唱えるのをやめろ」
「またわけの分からないことを……」
「おまえだけには言われたくねえ台詞だよな、それ」
そこでようやく、はっと我に返ったアリスが口を挟んだ。
「なっ、なんなんですか貴女たち……ぱ、――の中身まで見られた、とかっ……!?」
アリスは真っ赤になって、狼狽している。先ほどまでのお嬢様然とした佇まいは、すっかり失わ
れてしまっていた。こういった話題は、彼女がもっとも苦手とするものだったからだ。
「やぁっ、なんて破廉恥な……けしからんことですっ、恥を知りなさいっ!」
「いやっ、誤解だぜ九条院!? 詳しいことは言いたくねえが――おまえが思っているようなことは、
断じて何もねえんだって。信じてくれ。おい怜奈、おまえからもなんとか言えよ!」
「了解した」
誠人に話を振られた怜奈が、こくりと頷く。
「そう――確かあれは、去年の春、わたしたちが二年生のころの話だ」
「なに語り始めようとしてんだ!? 実は人の話なんにも聞いてなかっただろてめえ!!」
「わたしと誠人の赤裸々なラブストーリーをあまさず聞けば、九条院さんだって誤解の余地はなく
なるだろうと思ったんだよ」
「だから最初から俺は、それを聞かれたくねえんだって言ってるだろうが!!」
「もういいです」
辛うじて平静を取り戻したアリスが、虫けらを見る目で二人を睨んだ。
「お二人のただれた関係は、よーく分かりましたから」
「だっ、だから違うんだってばよ!!」
軽蔑の視線を受けた誠人が、慌てて声を荒げる。
対するアリスは、あくまで冷たい。
「いいんですよ、そんなふうに弁明しなくても。どうせ私にはまるで関係のないことですし。という
か、誠人くんがそんなにうろたえる理由が分かりませんね」
「あ、いや、それはだな……」
誠人が言いよどむ。
一方怜奈は、なにやら喜んでいる様子。
「ふふふ……どうしよう誠人。わたしたちは、ただれた関係らしいぞ」
「ただれてんのはてめえの脳味噌だろうが! ったく――もう行くぞ、俺は」
ズボンのポケットに両手を突っ込み、誠人が踵を返した。
そこに怜奈が声をかける。
「どこに行くんだ?」
「あん? トイレだっつーの」
「いってらっしゃい」
「うるせえ、大バカ野郎」
ぷんぷんと怒りを振りまきつつ、誠人が教室から出て行く。
その背を見送りながら、アリスが言った。
「いつもの光景ですけれど――怜奈さん。やっぱり嫌われているんじゃないですか、貴女?」
「いいんだよ、いまはまだあれで。将来的には、完全にデレさせてみせるさ。ふふん――攻略難
度が高い方が、燃えるというものだろう?」
「ふぅん……それはそれは」
その心意気だけは、立派なものだと思った。
宮田怜奈と桐山誠人。アリスのクラスメイトであるこの二人は、いつもこんな調子で、騒がしいラ
ブコメディを演じているのであった。
そんな、なんでもない日常のひとコマに、新たな登場人物が現われる。
「あら――」
教室の入口にちらりと目をやって、アリスはにんまりと――隠しきれない嬉しさを滲ませるよう
な、本物の笑顔を見せた。
「――マイダーリンが、来てくれたようですね」
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